教派神道について

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教派神道について

2021/04/27

以下の文章を読んで空欄(   )に入る言葉として正しいものを選んでください。
 明治15年、政府は政府は官国弊社神官の教導職兼務を廃し、あわせて葬儀に関与することも禁止しました。政府は、神官の教導職としての教化活動が、「国家の宗祀」の祭祀者としての本務から逸脱しているという観点から、撤退させたのです。これは、「神社は宗教にあらず」という神社非宗教論の行政的解釈によるものとされています。明治17年には教導職自体も廃止されました。これは、明治政府なりの「政教分離」ともいえました。つまり、神社は「国家の宗祀」として、一宗一派に属する宗教的存在ではなく、ほかの宗教とは扱いを別にすることで、政治と宗教の分離が目指されたのです。これと意見を異にした人たちもいました。出雲大社宮司の(   )などは、官幣大社の職を離れ、神社とは密接不可分としつつ、教団を組織して神道の布教を始めました。こういう教団は後に教派神道と呼ばれました。

 

1.千家俊信
2.出口王仁三郎
3.黒住宗忠
4.千家尊福

 

正解 4.千家尊福

 

〜解説〜
 千家俊信は出雲国造家の三男として生まれた江戸時代後期の著名な国学者です。黒住宗忠は黒住教の教祖です。

 

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